ゆらゆらと揺らぐキャンドルの灯り
無数のキャンドル
無数の灯り
時として 消えてしまう灯りがある
短くなった芯のせいか
細くなった芯のせいなのか
いや ろうがつまってしまったのか
消えてしまう訳はわからない
時として 消えてしまう灯りがある
ただ 消えていく
ゆらゆらと揺らぐキャンドルの灯り
そのなかから
すこしづつ
灯りが
すこしづつ
そうか・・・ほんとに私はどうしてしまったのかねぇ。
(また、手のひらで額をペタペタと叩く・・・)
昼間からうつらうつらしない。夜は熟睡する。デイサービスに行っておけば疲れてぐっすり寝られたろうに。折れたものは仕方がない、病院でどう生活するか、リハビリをどれだけ頑張るか、それ次第だね。それとね、いずれにせよ、前回より入院が長期間になるからもう貴重品はこちらで預かるよ。保険証とお薬手帳はそのまま持っていて構わないが、財布、現金、それと印鑑、全部預けてくれないかな。その方が安心じゃないか?
そうだね。全部預けるよ。入院費の話が来たら息子に聞いてくれと言えばいい?
そう、家の管理も、入院費の支払いも、全てこちらでする。
あぁ〜それなら安心だ。
だから母さんは、怪我の回復に集中する。看護師さんにお任せして言う事をよく聞く。
はい、わかりました。
ところで母さん、ゆうちょから年金おろすときどうしてたの?代わりにおろしてくれとキャッシュカードを預かりATMでおろした覚えがあるんだけど。
う〜ん、覚えてないねぇ。いつも窓口でおろしてたと思うけどねぇ。
そう、それなら仕方ないね。それとね、1回目の骨折のときもそうだったけど、ここは救急病院だからね、救急患者の応急治療のためにある病院だから、いつまでも入院し続けることはできないよ。遠からず転院先が決まるので、その時は報告兼ねてまた見舞いに来るから。前回転院先のT病院はいっぱいのようだから、今度の転院先は別のところになるだろうね。まぁ、そのほうがいいでしょ。あら、真坂さんまた来たのぉ?毎度どうも、なんて言われなくて済むからね。
あはは。私もT病院でない方がいいよ。じゃぁ、その連絡は私でなくあなたの方にいくのね?
そう、俺宛に来る。財布、印鑑は預かったからね。夜中になってあれがないこれがないなどと騒ぐなよ。
あれ?保険証はどうしたっけ?
保険証とお薬手帳は母さんが持っているよ。先ほどバッグの中へしまったよ。
えぇ?ちょっとまって・・・。・・・あぁ、あったあった、これがないと困るからねぇ。
色々ポケットの多いバッグを持ってるからどこに何があるか度ごと迷うんじゃないかな。
色々あった方が便利なんだよ。じゃあ、財布は取ったんだよね。入院費はそちらで払ってくれるんだね。
そうだよ。母さんは何も考えず、治療に専念。
はい、わかりました。
財布も印鑑も預かったから、もうどこへしまったか不安になることもない。大丈夫かな?財布がない、印鑑がない、なんて騒ぐなよ。
わかった。あれはどうしたっけ?
何?
ほら、あれだよ。なんか子供のような絵が書いてある・・・
お薬手帳かな?それは、保険証と一緒に母さんが持っている。
そうだっけ・・・。・・・あぁ、あったあった、大丈夫だ。
本当に大丈夫かな?まぁいいや。そろそろ俺も帰るよ。
ああそうなの、遠いところすまないねぇ。体の方は大丈夫なのかい?見たところ元気そうだけど。まだ若いから大丈夫か、ほ、ほん・・・?ほ ん ・・・?
<思い出そうとしているのか眉間にしわを寄せ目が中を泳ぐ>
(どうした母さん、俺の名前が出てこないのかい?)
ほんとう・・に、本当似はぁ、っと・・・えぇっと・・・
今は・・・二十・・・
(・・・・・)
<一体何を母が口にするかをただただ黙って見守った>
いや、そんなに若いわけないか・・・私ももうこの歳だし・・・
<ここぞとばかりに私は言葉を繰り出した>
そうだね。その歳で息子が二十代だったらおかしいね。まぁ、母さんに私の体の心配されてもねぇ。そんな立場じゃないでしょ。今は自分の体の心配でしょ。それに俺は少なくとも母さんよりは気を使っているよ。母さんのようになりたくないからね。
おやまぁ、言ってくれるねぇ。
えへへ、それじゃぁね。また来るよ。
S病院前から乗り込んだバスの中であの時を思い浮かべた
あれはなんだったのか
あれは そ の 瞬間だったのか
母の脳裏に灯る無数のキャンドル
その一本
その一本の揺らぎが
徐々にか細くなり
消え入りそうになる
そんな瞬間だったのか
その灯りが再び揺らぎを取り戻した
そんな瞬間に遭遇してしまったのか
そして やがては 揺らぐ事なく消えてしまう時が
そんな時が
いつの日か くるのだろうか
たくさんあったはずの灯りが
消えていくのだろうか
そう遠くない・・・日に