それ 認知症かも

認知力の衰えを頑なに否定する年老いた母。それを反面教師に自らのこれからを考える息子。

灯り(あかり) ①

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ゆらゆらと揺らぐキャンドルの灯り


無数のキャンドル

 

無数の灯り


時として 消えてしまう灯りがある

 

・・・・・

 


この日S病院を訪れると、入り口には大きな張り紙。


面会謝絶


大きなその四文字の下に、『面会は御家族に限らせていただきます』と断り書きがあった。
各地の院内感染騒ぎでこの病院も非常事態宣言といった雰囲気。


面会時間は午後から。週末のせいか、シーンと静まり返った院内。

昼食の時間帯も過ぎた整形外科フロアーは、ここに入院患者がいるのだろうかと疑うほど物音一つしない。

病室へ向かう。

入って左が母のベッドだが、右側のベッドが目に入った。同じようなお年寄りが目を閉じ横たわっている。

冷たい風の吹く外とは別世界、十分温もった静かな病室。昼食も終わり、お昼寝・・・か。いや、ほかにすることもないのだろう。

ぽかぽかとした寝床でただただ横になっている毎日。うつらうつらしてしまうのは至極自然なこと。

母も同じようにまどろんでいるのだろう。病室に入る前からそう予想していた。

 

左に視線を流すと 母は下腹部に両手をあていきんでいた・・・


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やぁ

 

ニヤッと笑いながらこちらを見る母

 

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何してるの?

 

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いや、なかなかでないので

 

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そうなの・・・それではちょっと時間をあけてまたくるよ

 

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あははは、

 

しかし何故そうなるかな。救急搬送されたこの病院から知らせを受け、翌日 母を初めて見舞った時も、私の顔を見るなり、トイレに行きたいと声をあげた母。

繰り返すが、真坂家の親子関係はお世辞にも良好とは言い難い状態、それ自体に変わりはない。けれどもだからといって・・・という部分で繋がっている、そんな関係。

それを腐れ縁というのなら、まぁ臭い縁と言い換えるのもありなのかとくだらぬことを思いつつ、あの(談話のない)談話室でしばし時間を潰す。

そろそろかな、と病室に戻る。

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どう?

 

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いや、でないんだよ。

 

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便秘じゃないの?だったら薬をもらわないとダメだね。それにしても、息子が見舞いに来るタイミングでいきまなくてもいいんじゃないかい?

リハビリはちゃんとやってるのかな?気分が良くないからと断ったりしたらダメだよ。先生や看護師さんの言うとおりにしないと大変な事になるよ。

 

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リハビリ?あぁ、ときどきあるねぇ。やってるよ。足の方はどうなのかネェ。折れたと言ってもヒビが入ったぐらいなのかな?

 

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脅かすわけじゃないが、説明をしておくよ。いいかい、この写真を見てごらん(骨折時のレントゲン写真を見せる)。足の骨二本とも折ったんだよ。前回の腕の骨折とはわけが違う。そう簡単に治るもんじゃない。

 

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えぇ!こんななの!

 

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そう、そしてこちらが(術後のレントゲン写真を見せる)手術をした後。太い方の骨に金属を通して固定したんだよ。もう一本の方はそのままだ。

 

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そうなんだ・・・。その金属は後で抜くのかい?

 

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若い人だったら抜くんだよ。でも母さんはどうかな。お年寄りは抜かないかもしれないね。それよりもだ、遠からず立てるようになるかもしれないけど、それは骨が再生してくっついて、治ったわけではないからね。中に通した金属で支えられている事を忘れてはダメだよ。しかもだ、その状態で転倒骨折となり中に入った金属が曲がってしまったら・・・。

 

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あぁ、それは大変だ。

 

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そう、骨を砕かないと金属は取り出せない。だから勝手に動いたらダメなんだよ。かといって、リハビリしないともう一本の無事な足含め関節が固まってしまい最悪寝たきり生活になってしまう。骨折した足を守ろうと意識しすぎると今度はもう片方の足の骨折にもつながる・・・。
いいかい、母さん、今回は重大な事故なんだよ。重症と思ってもらっていい。

 

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いつごろ治るのかね?家には帰れるのかね?

 

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いつごろ治るかは母さんのリハビリ次第だね。一生懸命努力しなければ、いつまでも治らない。家にも帰れない。いずれにしても、あのだだっ広い家で一人暮らしにはもう無理があると俺は思ってるけどね。
手術直後に医者が言っていたけど、術中の出血も少なくて100ccほどだったらしい。それはそれで手術するには良かったのだろうけど。足でも腿だったらもっと出血していたろうね。つまり、ひざ下にはそれだけ血の流れが少ないという事だよ。つまりだ、血液によって運ばれる養分なども少ない。ということはだ・・・

 

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治りも遅い・・

 

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そのとおりだよ。だから以前の骨折のようにすぐ治ると軽く考えてもらっては困るんだよ。

 

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わかりました。じゃあ、どのくらいかかるのかねぇ。

 

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それはわからないし、母さんのリハビリ次第というのもあるね。だからだ、看護師さんを困らせるような事なく、お任せするしかないのだから、言われた事をはい、はい、と実行する事しかないんだ。

 

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わかりました。

 

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今回は、母さんが搬送時に家から持ち込んだ長座布団や掛け布団が邪魔になっているようなので持ち帰るからね。

 

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いや、それもねぇ、Hさんが持ち込んだんだよ。別にいらないのにねぇ。

 

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Hさんて母さんの姉さんでしょう?いくつ上なの?

 

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う〜ん、7つ?6つ?よく覚えてないんだよ。

 

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俺は会ったこともないので詳しくないけど。もう亡くなってるんじゃないかな。以前電話で母さん言ってたよ、兄弟姉妹の中で私が一番長生きだ。もう皆いなくなっちゃった、って。

 

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そうなの?おかしいね。なんかいるような気がしてしまうんだよ。

 

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それは多分、母さんの中に姉さんに会いたい、という気持ちがあるのでしょ。そういう思いがあるから夢を見たんだと思うよ。夢で見たことと現実が混じっているんじゃないかな。結局、昼間引きこもりでコタツでうつらうつらした生活でしょう?昼間ゴロゴロしていると、夜も熟睡できない。結局24時間うつらうつら状態だ。だから、デイサービスを勧めたんだよ。
まぁ、記憶が薄れるのはいいさ。でも、三食昼寝付きの病院生活で昼間から天井眺めてうつらうつらしていると、さらに頭も鈍ってくるぞ。筋肉だって使わなければ衰える。頭も同じでしょ。最初の骨折でT病院入院中も散々注意したけど、母さんはぼーっと過ごしてたよね。読みたい本があれば買ってくるし、あの赤い大判ノートに毎日日記をつけてもいい。脳活の集いにはもう行けないのだから、何か脳活を入院中もしないといけない。赤い大判ノートどうした?

 

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ああここにあるよ。これも、Hさんが勝手に持ち込んで・・・

 

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いや、持ち込んだのは俺だよ。昨年12月A子がプレゼントしたものを母さんがほったらかしにしていたものだよ。覚えているかい、2年前俺が日記帳をプレゼントしたのを?それが1月1日だけ書き込んでほったらかしにした・・・三日坊主どころか一日坊主だと・・・

 

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あははは。A子はどうしているのかねぇ。

 

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あぁ、A子なら風邪をひいたみたいだよ。今はインフルエンザの院内感染がほうぼうでもんだいになっているから風邪をひいたら病院としても見舞いは遠慮してほしい、という立場だからね。風邪が治ったら来るんじゃないかな。A子ももういい歳なんだし、結婚して苗字も変わってるんだからもう心配する必要なないね。

 

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そうだったかね、相手の人と会ったこともないんだよ。えぇ〜っと、なんていう苗字だったかな・・・

 

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Tでしょう。もう随分前だけど二人で母さんのところへ挨拶に来たと、俺は母さんから聞いたよ。その際は父さんの墓参りをして報告もしたと。あまりにも昔のことで忘れてしまったのでしょう。

 

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う〜ん・・・

 

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この赤いノート見てごらん、ほら、12月はちゃんと書き込んである。1月になり書き込みがほとんどなくなってる。このノートをまた使ってもらおうかと、今回の骨折に関わる事を付箋に書いて持ってきたので、それぞれの日付のところに貼っておくよ。ほら、この日の早朝自宅で転倒骨折したんだよ。

 

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へぇ〜そうなの。この日は誕生日だよ。

 

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いや、誕生日はその次の日でしょう?病院から連絡を受けて、その日に俺が見舞いに来た。見舞い後実家に行ったけど、Aさんから誕生日おめでとうの花束が届いた。生花は病院に持ち込めないので写真だけ撮って母さんに見せた。

 

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あぁ、そうそう、写真をね。

 

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その写真を持って見舞いに来たのがこの日だよ。そしてほぼ1週間後のこの日、手術をしたわけだ。

 

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そうなんだ。

 

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手術当日、そして翌日のこの日、見舞いに来たよ。そして今日、また見舞いに来ている。

 

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そんなに。それは度々申し訳ありません。大変だったでしょう?

 

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骨折しなければこんなことにはならなかったよ。気を付けてるから大丈夫。は大丈夫ではなかった、ということかな。いくら頭の中で、気を付けていてもダメなんだよ。具体的に生活を変えないと。コタツは相変わらず部屋の真ん中、廊下は真っ暗。昼は引きこもり、夜は夜更かし、朦朧として夜な夜な電話をA子にかけまくり精神的に参らせる。いつまでも意地を張ってないで、息子のいうことに耳を傾けるべきだったんだよ。まぁ、折ってしまったものは仕方がない。母さんが今するべきことは、医師、看護師のいうことをきちんと聞いて回復に努める事だよ。

 

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わかりました。

でも、T(父の名前)さんはどうしてるかねぇ。こんなことで、一人置いてきてしまって。

 

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父さんはもういないね。60代半ばで亡くなっているからね。

 

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そうなのぉ?

 

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だって、母さん俺のところへ電話してきて言ってたよ。仏壇の位牌を調べてたら、私の家系は皆長生きだったけど、父さん側は皆早く亡くなってるんだねぇ、父さんも60代で亡くなったし、と。母さん、毎朝仏壇のおりんをちんちん鳴らして拝んでるじゃないか。

 

(額を手のひらでペタペタと叩きながら)

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あぁ、そうだった。ほんとにわたしどうしたんだろうねぇ。すぐに忘れてしまうんだよ。

 

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忘れるのは仕方がない、書いておけばいいんだよ。そのためにこの赤い大判ノートがあるわけだ。

 

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それも、Hさんが勝手に持ち込んで・・・なんでそんなものを持ってきたのかねぇ。

 

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いや、Hさんはもう亡くなっているよ。姉さんに会いたい、父さんに会いたい、と常日頃思っているから夢で会ったのでしょう。会えたのは良かったじゃないか。でもその夢で会った事と現実が混ざってしまってるんじゃないかな。

 

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そうか・・・ほんとに私はどうしてしまったのかねぇ。

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(また、手のひらで額をペタペタと叩く・・・)

 

 

 - 灯り(あかり)②に続く -