ずいぶん前のことですが・・・
「監視されてるようでイヤダ!こんなものはいりませんので、早々に引き取りに来て下さい。以上です!」
ガシャンと音が聞こえたわけではないが、プツッと回線の途切れる無機質な音に、発信元の憤懣やるかたない感情が乗せられ、その圧にゾッとした瞬間、その留守録は事切れていた。
先々のことを考え(たつもり、だった。)、これは持っていた方がいいだろう、とかねてから説得を続けていたケータイを母に渡し1週間、あっという間の出来事。
京セラのK012というシニア向けの簡単ケータイ。その日その日の歩数を、指定した家族のメルアド宛て自動送信という”見守り”機能があった。
手元にそれがあれば緊急時に誰かに助けをすぐさま連絡できる。私からの文字メールを確認することで、増えていくであろう母の聞き間違い(?)の類をある程度は防ぐこともできる。それに見守り機能もついている。これは願ったり叶ったりだと、母に手渡した。
その見守り機能については内緒にしていた。だから、言うところの「監視されているようで」は見守り機能について発せられた言葉ではない。
そう、あろうことか、その歩数計の機能について腹を立てていたのだ。今日は何歩、と表示されるのが自らの生活をチェックされているようで嫌だ、というのだ。チェックしているとしても、それは私がしているわけではない。機械相手にそんなに憤慨されても、と当時は腹も立たなかった。
ただ、言葉にこそしないが、もう一つ - 面倒なことはしたくない(=使い方のよくわからないものを持っているのは嫌だ)ということが根底にあったのだろうと私は思っている。
こんなものいらんので早く引き取れと言われ、例によって、これも運命かな、と一人納得し、携帯を持たせることを諦めた。
それでもある意味母は幸運だったと思う。その後、畳の上で転倒、上腕部を骨折した。痛い肩を押さえながら外へ歩き出て、お隣さんに助けを求めたと聞いている。骨折箇所がもし大腿骨だったら、歩くことさえかなわぬ状態だったら、どうなっていたことか。そういう点では、不幸中の幸い、と言えないこともない。
でも、様々なことに好奇心を持つ、それが仮に、巷で言われるように、何らかのよい影響を脳に与えるものであるのなら、果たして”最終的に”幸運だったと言えるのかな、という思いは今でも私の中にある。
あれから数年間、その携帯は電源を入れることもなく私の防災リュックの中に放置された。
「延々とほぼほぼ未使用のまま、ただ淡々とお支払い頂き助かります」などと感謝の一言もなかったau。そのauが先般突然、お知らせと称するパンフを送りつけてきた。
「3G→4Gへのサービス移行で、現行機種が使えなくなるよ。新機種へ早めに変更してね。あんな得点、こんな割引取りそろえ、従業員一同ショップで待ってます」というような内容だった(気がする)。
恥ずかしながらそこで気がついた。これまで何回か素通りしてきた2年縛りの更新月、またそういうタイミングなんだと。だが今回は事情が違う。解約するか、どこぞで4G対応機種に変えるしか選択肢はない。
実は私、携帯ショップというところがとても苦手。スマホがSIMフリーなのは料金だけの問題じゃない。街角のショップであの話この話するのがいやだったから、というのもあった。
さすがに今なら、各社オンラインショップがあるのだから、と期待しつつauより乗り換え甲斐のあるところはないか護送船団各陣営の状況をチェックしてみた。
注目したのは、今までお世話になったことのないソフトバンクでかけ放題キャンペーンが続いていること。
私の計算が正しければ;
ケータイ下取りプログラム ¥4800割引(24回分割)
ガラケー通話し放題割 ¥1500~(2年割¥2200→月月割で¥1200、ウェブ使用¥300、4Gケータイ定額S ¥0~)
乗り換え機種代金”実質”無料(36回分割)
通話専用なので、これは¥1500前後の維持費かなと目論んだ。ソフバンだとYahoo!プレミアム料金無料、Yahoo!ショッピングポイントアップ、あれやこれや、ソフバンらしいおまけもグループ界隈で行われている。親会社の株主なら優待で−¥1000/月というのもある。
それではオンラインでと手続き進め、あと1クリックで注文・・・そこで指が止まる。おかしい・・・提示されている負担額がちょっと違う。そういえば、ここまで所々の選択肢の文言に違和感もあった。
ただでさえわかりづらい携帯会社の、その権化のようなソフバンのサイトを始めから眺めてみる。
アレレレ・・・見つけたぞ。
「ガラケー通話し放題割はオンラインショップではお申し込みいただけません」
う〜ん・・・まさかの、ショップ行き・・・
翌日夕方、気は進まぬが、道沿いにあるソフバンショップ(といってもソフバンが営んでいるわけではないが)に入る。店内に顧客はいない。がらんとしている。平日はこんなものなのかも。
訝しそうに、ご用件は?と声をかけながら近づいてくる受付嬢・・・あぁ、まずいな、ここ・・・すぐにそう思った。
伝えたこちらの要件に、なんだそんなことか 儲からん客だと思ったのか思わなかったのか、マニュアルを読み上げるように、ではこちらの番号札をとりこちらの書類に必要事項を書き込んで下さい、と言う。
いや、まいったな・・・他に客はいないがマニュアル通り番号札をとるのは気にならないが、この程度の話でこちらの個人情報丸々提供させるシステムか。その情報どう使うのか、いけない妄想が私の頭の中で膨らむ。
かなりテキトーにその書類を埋め、ガラケー乗り換えでこんな維持費ではないかと思うがどうでしょう?と準備したメモ書見せて尋ねた。ちらりとそれを見、気にも留めない様子で取り出したタブレットを操作、こうなりますねと提示された金額を見て内心驚いた・・・¥3742也。
これでああそうですか、と受けてしまう人もいるのだろうか・・・
では検討してみますので、その見積もり頂けますか?と言うと、それは出来ないという応えに2度驚いた。
翌日、そこは、あのショップから数百メートルほど離れた別のソフバンショップ。オンラインで注文できない以上、仕方がない。店構えは同じだが、昨日とは事業者の異なるその店のドアを祈るような気持ちで開けた。
空いている。また番号札→こちらの書類へ、の再現か?
不安に駆られる私の元へ、一見ほわぁ~んとした感じのお兄さんが近づいてきた。手短に要件を伝えると、それではこちらへどうぞ、と席を勧められる。番号札はとらない。書類を埋めろとも言わない。
昨日同様、こんな維持費になるのでしょうかね、と尋ねてみる。
しばしの間それを見つめ、これまたほわぁ~んとした口調で、そうですね、大体そうなると思います、よく調べましたね(これは外交辞令だろう)・・・ただ、下取りプログラムと併用がどうだったかちょっと気になるので確かめてみますね、と言う。
ほっとした。
結局、併用の方は「出来ない」と説明書見ながら確認することになったが、悪い気は全くしない。
結局そこで契約し、auからソフバンへ乗り換え完了となった。
今後、母への週”慣”ご機嫌伺いの電話は、このケータイから行うことになりそうだ
母との間での連絡用に入手したものが、長らくの放置期間を経て、元々計画した役割を果たすことになる。
ただ、母が所持するはずだったものが、結局私が持つこととなった・・・この違いには計り知れない差があると、今でもそう思っている。