この2~3日少々病んでおりました、精神的に。
原因はあの方です。
特にこの2週間ぐらいですが、度重なる母からの電話攻撃に辟易しておりまして、気の短く上に修行の足りない私は早々と我慢の限界直前まで来てしまいました。
これ以上耐えると、精神的に壊れそうな気さえします。
不思議なもので、またなにか電話があるのではと恐々としていると、かかってくるんです。それが、私が抱えてしまったトラウマから来るものなのか、切っても切れない親子間の神秘的なつながりから来るものなのかはわかりません。
一応留守番電話に転送はしています。着信音からは解放されますが、なぜかふと着信有無を見てしまうんですね、結局深く眠れていないからなのでしょう。着信があったとなれば、内容は何かと、留守録内容を聞いてしまう。
そして後悔するのです。分かっていたはずです、母が掛けてくる内容は二通りしかないことは。
- 暗~い内容(私はそれを地獄から足を引っ張るようなおどろおどろしい声で、と本人に直接言ったこともあります。とにかく後ろ向きのネガティブな内容。)
- どうでもいい内容(それ今しなけりゃならない話?的な内容。)
他愛のない話題なら聞き流したらいいのでは? いや、そう思って今まで来ましたが、そのために夜な夜なたたき起こされるのはもう勘弁してほしいのです。いらいらしてその後熟睡できないんです、一旦そんなことで起こされると、内容が内容だけに。興奮してしまうんですね。もって行き場のないストレスで。
母に電話口で不満を言えばその場は一旦おさまります。母は、わかった、と返事をします。でも、三日もちません。何食わぬ顔で(といっても顔が見えるわけではありませんが、そう表現してしまう私の現在の心境です)就寝中であろうがおかまいなしで波状攻撃を仕掛けてくるのです。
母の耳にたこができるぐらい、「日が暮れてから思いに任せて電話しないでね、そもそも夜の考え事はだめ」、と繰り返してきましたが、結局耳にたこができてしまったのは私の方でした、同じ様な話題を夜中に母から繰り返されて。
三日持たない、のは果たして母の記憶なのか? ”もうやめてね”、”わかったよ”、という会話があったことを忘れてしまったからのことなのか? いや、そうではないと私は思っています。
この前やめてと言ったじゃないか、と私のとがめる言葉への母の反応からそう思うのです。
私はこう考えています。
何かの不安、焦燥感、寂しさ、それが何かは私には分かりませんが、何らかの衝動が母に起こる、では電話をしようという衝動が起こる、そのときの母は=並行処理のできない母は、とらわれた思いのまま実行に移す以外の手だてがないのだと思います。
夜中に電話しない方がいいかな、と”他に思うことがない時”は意識の中にあるのです。でも何か他の思いが沸き上がったとき、母の意識の中はその”突然沸き上がった思い”だけなのです。つまり、母の意識というボックスには一つのことしか収納できない、故の行動のような気がするのです。
でも、こうなると手が終えない、お手上げというほかありません。とがめたことを未だわかってくれている、のはありがたいのですが、何せ母の持つ意識というボックスの許容量が一つの事柄だけ、では。
では、私がつぶれてしまうのか、母が”次の段階” -それがあるとするならば、ですが- へ移行するのか、それまで我慢比べのような状態が続くのか。
これは、私の方が不利ですね、母は私宛に電話すること自体に何のストレスも持っていないはずなので。実体は我慢比べではありません、兵糧責めなのです。城を囲むのは母、いつまで堪え忍べるのか定かではないが城にこもっているのが私。言い過ぎでしょうか?
他に似たようなことで悩む方々はいないのか、チェックしてみると・・・いました。それも意外と多いようです。
たとえば、こちら↓
考えられる対策方法として七つあげられています。
- 繋がる時間を限る
- ご家族から電話をかける
- 電話の話をしっかり聴く
- 電話の内容を工夫する
- 客観的な情報を集める
- ご本人のサポート体制を整える
- ご家族自身のサポート体制を整える
1は、転送電話、留守電を活用してきました。2は、週一でご機嫌伺いの電話を私からするようにしています。3&4はしっかりやっているつもりですし、5についてもまあまあできていると自認。6は、本人次第、と敢えていいたところですが、徐々に、といったところ。タッチしていないのは7だけです。とはいっても、私に対するサポートはどなたに頼むのでしょうか、遙か離れた実家のある自治体の包括さんでしょうか、それとも、まさかの、私が居住するところの包括さんでしょうか。ちょっと無理な気がします。
なるほど、認知症の方々は同じように電話攻撃をしているのか、ということがわかったことは一つ収穫でした。ほっとはしませんし、だからといって気が紛れることもありませんが、母が余りに特別な存在ではない、ということは理解できました。
それにしても、ここまでを振り返るに、私が母にどう文句を言おうが、何を咎めようが、母の波状攻撃を防ぐ手だてとしては意味をなさないようです。
今、私は、やはりそれをやってみようと考え始めた手だてがあります。着信拒否です。ある意味、先にあげられた七つの手だての1に属するとも言えますが、もう留守録もしない、転送もしない、着信そのものをシャットアウトする、という残された禁じ手です。
とにかくしばらくの間だけでも、熟睡したい、トラウマから逃れたい、そんな思いが私の中では今大勢を占めつつあります。
おりしも、日曜日は週”慣”ご機嫌伺いの日。私から母へ電話を掛ける、と約束している日です。この時、私の作戦を母に告知しようと思っています。