週末、いつもの見舞いを明日に控え、気分転換にでもと近隣のスーパー銭湯に行ってみた。
夕方近くのせいかとても混んでいる。親子連れが多い。
何年か前、三丁目の夕日というシネマがヒットしたが、レトロな雰囲気は人にノスタルジックな感情を抱かせるのだろうか?
レトロテイストなデザインで統一された併設の飲食街があり、そこで飲食込みで楽しんでもらおうということなのだろう。
明日の母との会話もレトロテイストかな、と具にもつかぬ事を思いうかべ、下駄箱に靴を入れる。
小刻みな振動が着信を知らせる。
施設からだ。
(なにかな、こんな時間に・・・)
真坂さんですか?A施設の〇〇です。
施設長からだった。
すいません。お母様ですが、特に問題もなく元気にお過ごしです。
相変わらず、そろそろ帰らなければとタンスの荷物の出し入れをされていますが、それはそれで一つの行事のようになっています。
せっかくだから、夕食を食べていかれたら?と話しますと、そぉ?それじゃぁいただいていくわ、と喜んで席につかれます。
お隣の部屋に新たに入所されたT様とは未だ親しく話す、というところまでは至っていないようです。見たところお一人の世界に入って・・・というのがお好きといいますか・・・。
かと言って、会話がないということではなく、お食事の時などはお互いに色々とお話をされています。
特に、昔のことなどについてお話しされるのがお好きなようで、よくそういった類のことを話されているようです。
そうですか、特にご迷惑をおかけするようなことにはなっていませんか?
いえいえ、そのようなことは全然ありません。
実は、お電話しましたのはメガネのことです。
メガネ?
はい、原因はわからないのですが、メガネのかけるところが割れてしまいまして・・・。
メガネがないと・・・ということでもないようなので、差し迫った問題は無いようですが、一応、壊れたメガネはこちらでお預かりしております。
ご本人は時々メガネがないと探されているようです。
もし、予備のものなどありましたら、今度こちらへいらっしゃる際にお持ちいただければと思いまして・・・
そうですか。わかりました、適当なものがあるか探してみます。ご連絡ありがとうございます。
思い当たるものはある。以前、実家に居る母に眼科検診を勧めていた あの時、母が手にしていた父のメガネだ。
「これも、ちょうどいいんだよね。」
と母は言っていた。
そういうことならあれが代替になるのではないか。
試してみる価値はありそうだ。
それがダメなら、老眼鏡の類を調達するか、壊れたメガネを預かりそれと全く同じ度数のレンズで新たなものをこしらえることになるのだろう。
翌日、
実家に入りすぐそのメガネのありかを探す。
果たしてその父の遺品でもあるメガネはすぐにそれとわかる、むき出しの姿のままコタツ台の上にあった。
思い起こせば、母が骨折したのは2月に入ってすぐ。それはお一人様用のコタツが部屋
の隅で稼働中であった頃。
3ヶ月ほど前には デイサービスに行くこともなく背を丸め引きこもり状態の母が確かにそこにいたのだ。
あれからもう3ヶ月、いや、たったの3ヶ月しか経っていない。
それでも母を取り巻く環境は大きく変わっている。
いや、正確に言えば、変わっている、のではなく私が変えたのだ。
過去を振り返ろうとしない私に、変えたことに対する「想い」は ”多分"ない。
(多分、と付け加えたのは、・・・私には人の心はおろか、時として自分の心もわからない・・・のだから、正確に言えば、”多分”だ)
そして、あの雨の中、包括支援センターに向かう道すがら、雨粒が打ち付ける傘の下で思い浮かべたごとくそのままに、私は走り続ける、止まることはないだろう。
父のメガネは重かった。
昔のものだ、「薄型」加工などというものはない。
分厚いレンズと男性用の金属フレーム、手のひらにズシリとくる。
大丈夫かこれで?
でも、あのとき 丁度いいんだよ、と言っていた母の言葉を信じよう。
メガネ壊れる ②へつづく