もしやMCI(軽度認知障害)では?と思い始めてから、これはどうか、あれはどうか、と様々な「身の回りのもの」を購入し、母に送ってきた。
が、正直、ほとんどのものは役に立たなかった。
いや、正確に言えば、母がそれを使ってくれなかった、ということになる。
書いたり、読んだり、○○したり、とにかく脳の様々な機能を使ってもらうことで、症状の進行を少しでも遅らせることができたら、の一念だった。
これは、失敗に次ぐ失敗、まれに起こる"ちょっとした"成功の記録でもあります。
骨折入院中、これは大変なことになったと、入院中の参考にしてほしいと様々な本を見舞いのたびに携え、三食昼寝付き生活でずっとベッドの上では身体もなまるし頭もボーッとしちゃうぞと、くどいほど説得を試みはした。
が、果たしてその効果のほどは、と振り返れば、今現在の現状が現状だけに、よい結果には結びつかなかった、と言われても仕方がない。
母の症状?は結局、退院後から目に見えてここまで着実に悪化してきたように私には思える。
悪化と言っても、ある時点まではMCIの状態、現在は認知症を発症(していると思われる)なので、「段階」自体 異なってはいるが。
とにかくMCIの時から、母の物忘れが目立ち、同じことを何度も聞いてくる、当然同じことを私も都度答える、またそれを聞いてくる、またそれを答える、またまたそれを・・・と永遠に回り続けるメリーゴーランド状態。
忘れることを気にしすぎるのもよくないよ。特に夕刻に悩むのは止めよう。時々にメモをとる癖をつければいいんだよ。
と「メモをとる」ことを何かにつけ勧めてきた。
日記帳に日々備忘録をつけたらどうかと、送ってみたのが高橋書店のウィークリーダイアリーNo.89という見開き四日分の書き込みができるもの。
見栄えのよい方がいいのかなと思い、しっかりした表紙のものを選んだ、が・・・。
年が明けしばらくして、相変わらず物忘れの激しい母に、年末送った日記帳を利用しているのか確かめた。
すると。「そんなもの、もらったかね」の返事。
「おや、おや」ということで、本棚を調べると、一見真新しいあの日記帳が。
「母さん、これだよ、これ」
中をめくってみると・・・
見事なまでに、一月一日元旦のみ書き込まれ、後はまっさら。
「母さん、三日坊主というのはよく聞くが、一日坊主とはまいったな、これ。」
と互いに一笑い。結局、この日記帳はお笑いネタの材料になっただけで、その役目を終えてしまった。
見栄えの良さ、仰々しさ?が災いしたのかと思い、今度はダイゴーの縦型鉛筆付すぐメモ(小)なる手のひら大の手帳を送ってみた。
これならポケットに忍ばせ、これというときにいつでも取り出してメモすることができるはず、と考えた。
が、それは浅はかだった。いや、私なら、あるいは、同様の社会人?ならそうなのだろうが、何せ使用者は母なのだ。
相変わらず、先月帰省した折も、”母と私のメリーゴーランドの世界”に改善はなく、母の定位置、こたつ台の上にある鉛筆立ての中に、そのメモ帳がなんの役目を果たすこともなく置き去りになっているのを私は知っている、そして母はもう忘れているのだろう。
あれだ、これだ、メモをとってね、と言っても、なぜか(これは不思議だ)一向にメモをとっているのを見た事のない母。
それならこちらにも考えがある、と思い立ち、「あなたがメモしないなら、私がメモしましょう」の手段を講じてみた。
色々伝えておきたいことあるが、沢山のことを書き並べても読む気が失せてしまっては本末転倒、どうしても、ということだけ私が書き込み、それを母がいつも目にすることできるよう、冷蔵庫に貼り付けるタイプのホワイトボードを導入してみた。
帰省の折々には、このマグネット式ホワイトボードに、
「夜は悩まない」「夜捜し物をしない」「日曜日には私から電話する」
等、選りすぐり?の点だけ、書き置くことにしている。
どうやら、母が自らそこに書き込み利用している節はないが、私の書き込んだものは時々に見てはいるようだ。
これなら、私と違い、同居して介護などされている方も、メリーゴーランドの世界を少しでも回避、というか、そこから目先を変えるのに有用な気がする。