何処かでしたようなやりとりを繰り返しているところへ、一人の男性が部屋に入ってきた。
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こんにちは、療法士のxxです。
あっ、お世話になります。戻ってまいりました。またよろしくお願いします。
施設長からお話は伺っております。
はい、リハビリの方、よろしくお願いします。
病院の方ではもう平行棒を使ってのリハビリに入られたとか・・・
はい、そう聞いています。随分前向きに取り組んでいると、院長先生から褒められました。
満更でもない表情の母を見てすかさず付け加える・・・
ただ、調子に乗ると、今度は別の大腿骨を骨折する可能性があるから、急がずゆっくり、じっくり、気長に取り組むようにと口をすっぱくして言われました。ねぇ、母さん?
そうだね
わかりました、少しずつがんぱっていきましょうね、真坂さん!
はい、お手数おかけします。
入れ違いに、今度は施設長が顔を見せた。
あっ、色々と有難うございました。
とんでもありません。
あぁ!真坂さ〜ん!よかったですねぇ、早く退院できて!
例のクッションはありましたか?
はいはい、今お持ちしますね。
はい、こちらですね。
真坂さん、さっそく敷いてみましょうか?
では、私の肩に手を回して・・・
あらぁ、もう立てるんですねぇ・・・
はい、敷きますよぉ〜
はい、腰を下ろしてください
どお?
これはいいねぇ
もうお尻が痛くないでしょう?
そうだねぇ、助かるよ。
すっかりお元気そうで、安心しました、真坂さん!
こちらだと落ち着けますでしょう? エプロンみたいなのもつける必要もないしねぇ。
(そうか・・・施設長もなんとかベルトには一言ありの流派か・・・それはよかった・・・)
皆さん心配していたんですよ、真坂さんはどこへ行ったのかって・・・
そうなの
ちょうどよかった、皆さんと一緒にお昼ご飯にしましょうか?
そうねぇ
居室の外はすぐ食堂だ、施設長が母の車椅子を席まで誘導する。
皆さぁ〜ん、真坂さんがお帰りになりましたよ。
あらぁ、久しぶり!どうしたの?
骨折しちゃって入院してらしたんですよ、ねっ真坂さん
そうなのぉ?
さぁ、真坂さん、どうぞ・・・久しぶりにここでのお昼になりますねぇ
見覚えのある顔に囲まれたというのもあるのだろう、母もすっかり落ち着いた様子でにこやかに受け答えしている。
どうやら、私に課せられた今日のミッションはこれにて終了か・・・そんな気がした。
じゃぁ、母さん、今日はこれで帰りますよ。1時間に1本のバスの時間も近いので。
あら、そうなの?
またすぐに来ますからね。リハビリ頑張って下さい。
だからといって張り切りすぎはダメ、じっくり気長に取り組まないと、またすってんころりんだからね。
わかりました。今日はありがとう。
それでは、施設長、今日はこれで帰ります。今回の入院では本当に様々なことでお力添えを頂き、言葉にできないくらい感謝しています。おかげさまで滞りなく戻ってくることが出来ました。
いえいえ、とんでもありません。施設の中で起きたことですから。
それとN病院さんからの引き継ぎの件ですが、K病院の管理部の方に話をしましたので、そちらで調整してもらうことにしました。N病院さんも術後の経過に責任を持ちたいというお気持ちからのことでよくわかるのですが、やはり・・・
はい、あの件はK病院、この件はN病院、となるのはできれば避けたいところです。そういうことでしたら、助かります。お任せしますので、よろしくお願いします。
1週間後、様子を伺いに施設へ。
この日は偶々、リハビリの様子を目にすることができた。
ユニットに通じる廊下脇に置かれた平行棒を使い、入所者の方が歩行訓練をしている。
母のリハビリもこんな風に行われているのだろうか。
「頑張ってますね!」
とそのお年寄りに一声かけてユニットに向かう。
居室では、落ち着いた表情の母が、まるで何事もなかったかのように車椅子に座っていた。
3度目の骨折をした、手術をした、そういったことは はっきりとは覚えていないようだ。
リハビリもしているのだろうが、そこに話を振ってもピンとはこない様子。
それでもこの日1番の収穫は、そのすっかり落ち着いた表情だった。
以前と変わらぬ会話を繰り返し、変わらぬ時間のバスに乗り、私は帰宅した
翌日施設長宛に、お礼の連絡を入れた。
昨日母を見舞いにお邪魔しましたが、N病院では見せたこともないような落ち着いた表情をしており、安心しました。
次回お邪魔するのは年明けになると思います。
皆様どうぞ良い年をお迎えください。
仰る通り、落ち着いて生活されています。
車椅子を嫌がられるかと思っていましたが、マイカーのようにうまく操作されています。
昨日はお帰りになった直後にお一人でトイレに行かれ、尻餅をついたとトイレから這って出てこられ「なんともないわよ、大丈夫よ」と職員を安心させてくださったそうです。
何事もなく無事でよかったのですが・・・。
このような状況ではありますが、安全ベルトを使わずになんとかやっていけそうです。またのご来園をお待ちしています。
良い年をお迎えください