「ガーグルベースって何かな?」
郵送されたケアプランの中の一項目に記された指摘の中に
<ガーグルベース>
とあった。
それが何を指すのか、ググった結果を見て愕然とした。
背筋がゾッとした・・・
x月x日、術後初めて迎えたこの週末、N病院に母を見舞いました。
病院からの連絡はありませんでしたが、結局「個室生活」は二日間のみとなったようで、既に元の相部屋に戻っていました。
ただ、母は一見したところ「茫然自失」状態。
何も覚えておらずとても疲れた表情をしていました。
術後せん妄からくる一連の騒ぎからきた疲弊なのか、手術したが故の肉体的疲労なのか、はわかりません。
声をはりあげるような状態ではなく、落ち着きを取り戻しているようには見えました。大騒ぎしていたことも冗談めかして伝えましたが、当人は覚えていないようです。
今回の骨折含め、過去の骨折も、全く覚えていない、もしくは思い出せないようです。
それが一時的なものなのかはわかりませんが、まるで、骨折を境に記憶全てがリセットされゼロになってしまったかのようでもあります。
1週間も経てば段々と戻る記憶もあるのではないか?と本人には伝えておきました。
週明けからリハビリが始まるようです。
今日病院より、リハビリがはじまるのでシューズを、と連絡をいただきましたので私の方でお届けしました。
その時は、
「私どうしちゃったのかしらねぇ、片足がちょっと変なのよ、動かすのがつらいのよ」とおっしゃるので、骨折したことを何度かお伝えしました。
「あらそう~」と不思議そうにしておいでで、痛みはさほどないようにお見受けしました。
いろいろ質問してみましたが、まったく記憶にないご様子でしたが、私の顔は覚えていて下さったようです。またお見舞いさせて頂きます。
昨日、住居型から介護付きになって初めてのケアプランを頂戴しました。
サービス計画書の中に、
「放尿がある(ガーグルベース&ゴミ箱)」
との記載があるのを見て大変驚きました。
そういえば、以前 母を施設に見舞った折、「ゴミ箱がいつの間にかなくなった」と言っていたのを思い出しました。
そういうことかと今更ながらも状況に納得いたしました。
同じような安定?/小康?状態がずっと続いているものと思っていたのは私の勝手な思い込みで、当人の病状には 時の経過と共にどうやら確実に変化が起こっているのだと遅ればせながらも認識した次第です。
放尿の件は、放尿と言ってしまえばそうなのですが、足腰の痛みから夜間トイレに行くのが億劫になってしまったと考えられます。
ポータブルトイレを設置したところ、そちらを使うことが出来ておりましたので問題はないと思います。
どうしたらよいか人に伝えることができなくなってしまう、というのも認知症の一つの症状と言えます。
ご自分で、広告紙を折りゴミ箱等にされ、片付けをされておられたようですが、職員が気づくのが遅れたようです。済みませんでした。
術後の母の状態・個室移動騒ぎ、先の見通しがつかない最中に知った母の施設での行状・・・
ダブルの衝撃で苛つき愚痴ともつかぬ連絡を施設に行っていたが、
時にメールで、時に電話で、付かず離れず、交信に一つ一つ応答し私の投げたボールを受け止めてくれたのは施設/施設長だった。
苛ついたり、悩んだり、そんなことは認知書の老親をもつ家族には途切れることなく時々にあると思うが、
時に聞き役に回り、時にヒントを出し、助言をしてくれる、
それも介護施設というものが ”図らずも” 担っていることなのかもしれない。
そんなことは施設の職務規定にはなく課せられた職務でもない。が、”結果として” 気づくことになった・・・
なるほど、だからこそ施設選びは難しい、入ってみなければわからないと言われる所以なのだろう。
今回の騒動で気付かされ、思いを新たにしたことがある。
それは、母の認知症の先行きについてのこと。
確かな根拠は何もない、誰にも予想すらできない、
そう頭の中では分かっているつもりだけれど・・・。
発症してしまったら、認知症は治らない、進行を食い止めることもできない。
どうすればこうなる、といった処方箋があるわけではない。
でも、進行の程度には個人差があるという。
精神的に穏やかに日々過ごすことができれば、”緩やかな・穏やかな” 進行というものが期待できる ”かもしれない”、急激な悪化を食い止めることができる”かもしれない”、というのが私が心に描いていることだ。
でも、時として見落としてしまうこと、気付かないことがある。
いつのまにか日々日常に慣れてしまい、埋没してしまい、
起きている、あるいは徐々に起きつつある変化に気がつかない・・・
それと認識できず見過ごしてしまう・・・
そんなことがあるのかもしれない・・・
そういう思いに今の私は囚われつつある。
なるほど、施設長指摘の通り、「今回」は問題ない、私が危惧するような事態ではなかった、のかもしれない。
でも・・・
それらはある線を踏み越えた先にある母の姿なのではないのかと・・・
この先 進むべからずと標識が立っているわけでもなければ、朱線が引かれているわけでもない、
でもその線は思うよりはるかに近く、
母や私の存在する次元と隣り合わせにある次元との境界線ではないかと。
「なにかの拍子」に
”その線” を踏み越えてしまったら・・・
隣の次元が途端に現実のものとなるかもしれないと。
大声を上げる
汚物を触る
投げ捨てる
放尿する
隣り合わせにある次元との境目にある ”その線” を何かの拍子で超えてしまったら・・・
一気に存在する次元が変わってしまうのかもしれない、と。
いつまでも小康状態が続くなんて
単なる一人合点に過ぎないのかもしれない、と。
そういう思いに今の私は囚われつつある。