母を見舞いに訪れ、施設の門をくぐると、横の事務室に施設長さんの姿が見えた。
事務室のドアをノックしてご挨拶。
こんにちは。
母がいつもお世話になります。
ちょうどよかったです。
今日は、めずらしく太もも裏が痛いと強く訴えられまして・・・鎮痛剤を服用して頂きました。
そうですか。ひさしぶりですね、痛がるのは。
寒くなってきたせいかもしれません。
そうですね。今朝は強く痛みを訴えられたので いつもの歩行補助器でなく、車椅子の方をお使い頂いています。
今も痛がっているのですか?
いえ、お薬が効いているのか、今はいつも通り施設内を歩き回られています。
以前 膝関節周りの筋肉の拘縮と言われ、マッサージなど受けていましたが・・・デイサービスがなくなったせいもあるのでしょうか?
いえ、マッサージは今も受けているんです。
療法士のSさんが?
はい、そうです。
そうなると、やはり季節的なものでしょうか・・・
そうかもしれませんが・・・
確かに最近特に朝晩冷え込むようにはなりました。
わかりました。それでは、ちょっと元気付けて参りましょうか。
それと、もう一件あります。
今お部屋のあるユニットの方ですが、身体上のハンディキャップが重い方が多くなりまして、お母様のように比較的お元気な方々の多いお隣のユニットの方がお話し相手も多く、お母様にとってもより適当な環境ではないかと考えまして・・・。
お部屋の方を、お隣のユニットへ移動していただこうかと考えております。
なるほど。
環境の変化にすぐ慣れてくれるのか、それが気がかりですが・・・。
今はお隣の男性しか話し相手がいないようですし・・・
お隣のユニットの女性に話の合う方がいらっしゃるようで最近はよく行き来されているようです。
それはいいですね。
基本的には、その辺りのことは施設長にお任せいたしますので、よろしくお願いします。
それに見たところ、隣のユニットの方が女性の比率が高いですね。
はい、それもあります。
母の居るユニットに入ると食堂兼談話所の椅子に座っているのが見える。
近づいて声をかける。
やぁ、調子はどうだい?
あれ、来たの?
なるほど、座っているのは車椅子でなく、食堂の椅子だ。
それがね、いつのまにか歯磨き粉がなくなったんだよ。ちょっと置いておくと誰かが持っていってしまうんだよ。
見当たらないなら今度新しいのを持ってくるよ。
安いものだからね、欲しければ100本でも200本でもすぐに用意できるよ。
そんなにいらないよ。
そういうわけだから、誰かが持っていったと悩まないほうがいいね。
悩みは健康に良くないよ。
そりゃそうだ。
それに、誰のものか分からない使いかけの歯磨き粉が置いてあっても、使いかけをわざわざ盗んで使おうとする人はいないよ。
う〜ん・・・
まぁ、今度持参するから悩まないことだ。
そうだね。
さて、トイレはもう空いたかね・・・
あれ、トイレに入ろうとしていたの?
そうなんだよ、今日はお尻が痛くて仕方がないんだよ。
こうやって座っているだけでも変な感じなんだよ。トイレに行ってきれいにしようかと思って。
母の部屋を出て真っ直ぐ歩けばトイレがある。
視空間認知力に衰えのある母でも迷うことないよう、
言い換えれば曲がり歩いて転倒のリスクが高くなるのを避けるため、トイレに至る動線が直線的で途中に障害物のない部屋を選んだ。
そのトイレのドア前に行き引き戸が開くか確かめてみた。
本当だ、誰か入っているようだね。
しょうがないね。それでは向こうのトイレに行くよ。
母の押す歩行補助器が車椅子の「まま」だったのを見とめた介護士さんが
真坂さん、もう歩けるようだからいつものに変えましょうか?
それだと押して歩くには大きすぎるでしょう?
と、いつもの歩行補助器に交換してくれた。
母が別のトイレに入りドアを閉めたタイミングで、先程の「開かずのトイレ」のドアが開いた。
出てきたのはあのお隣の男性だった。
- ”おしりあい”に続く -