母が入所して最初の日曜日、施設を訪れた。
施設にいる母を見舞うのは今回が初めてとなる。
入所当日のあの激しい感情は一時的なものなのだろうか。
いわゆる、環境の変化に対しての一時的なせん妄状態であったのだろうか。
その疑問に答えてくれる方は誰もいない。
救いなのは、連休であれ日曜日以外はデイサービスがあること、そして、母がそこへ通い始めているらしいこと。
施設の玄関を入ると、横の事務所にタイミングよくあの介護士さんが居た。
こんにちは!真坂です。母がお世話になります。今日は母を見舞いに来ました。
あっ、こんにちは。
母の様子はどうでしょうか?
そうですね。時々に家へ帰る、とか、息子に連絡を取って欲しい、とか言われているようです。
そうですか・・・。済みません、ご面倒をおかけして・・・。
いえいえ、そんなことは全くありません。大丈夫です。
なるほどな、と腹をくくりつつ、看護師さんに共有スペースに通じる引き戸のロックを外してもらう。
この施設では、玄関を入って直ぐに事務所、廊下を進んだ向こうに入所者の居住スペースおよび共有スペースがある。
「廊下の向こう」側にあるスペースに立ち入るには間にある引き戸を開けて入る。引き戸は常にロックされている状態で、必要に応じて入って直ぐ横にいつも控えている看護師さんにロックを外してもらう仕組みになっている
入って直ぐ母の部屋のある方向を見ると、歩行補助器のハンドルを握り丁度こちら側に顔を向けた母と目が合った、ように感じた。
私は両手を挙げ手を振り、努めて明るい表情で歩み寄った。
途中、共有スペース兼食堂に座っている2~3人の方々にも、
こんにちは
と挨拶するが、反応は薄い・・・。
母に近づき声をかける・・・表情は悪くない
やぁ、元気?
特に問題はないよ。
ざっと母の表情、周辺に目を走らせる。
すぐにそうとわかった。
デイサービス用に揃えたバッグがパンパンに膨らんで歩行補助器の荷台に載せてある。
これまたあらかじめ揃えた運動靴がレジ袋に入れられ (荷台は膨らんだバッグが占有しているので) 補助器のハンドルに結びつけてある。
母なりの帰宅準備、というわけだ。
部屋の感じはどう?
と言いながら母を部屋に誘導する
せっかくだから泊まっていったら、とここの女の人が言うから 一晩過ごしはしたけど、私としてはあれさ・・・
そうなの。ところで歯のぐらぐらはどう?
あれは問題ないよ。ぐらぐらもおさまったような気がするよ。痛くもないしね。
おさまる、ということはないでしょう。いつかは自然に抜け落ちるんじゃないかな。足の太さはどう?ほら、右と左で足の太さが違うって言ってたでしょう?
それがねぇ、やっぱりこちらの足の方が細いんだよ(と骨折していない方の足をしげしげと眺める母)
そちらの足が細いのか、骨折した足の方が太いのか・・・俺には骨折した足の方がむくんでいるように見えるね。まぁ、金属が入ってるので仕方ないか。
金属?
ほら、母さんは骨折して骨の髄に金属が入ってるんだよ。
ああ、そうか・・・手術をした覚えがないけどねぇ。
手術中は麻酔をしていたからね、それはわからないでしょう。
ただね、両足の太さが違うと歩くときのバランスが悪いからね。
ほら、こんな風によろよろ歩きで転倒する可能性が高まると思うよ。
転倒してまた骨折することないよう歩行補助器は常に使うようにしないとね。
それに骨折したら中に入れた金属が曲がってしまうからね。そうなると一大事だよ。
と、よたよた歩く様を面白おかしく母の前で演じて見せた。
大丈夫だよ。私も歳をとったせいか、化粧もしないし、肌もカサカサだよ。そういえば保湿クリームがなくなったんだよ。
もう使い切ったのでしょう。そういうことなら今度買ってくるよ。
そうかい。助かるよ。
母の見舞いは1時間と今回決めていた。
似たような話題を繰り返しながら、頃合いを見計らい「1時間に1本のバスがそろそろ出るから」と母に別れを告げ、部屋を出る。
と、母も一緒に帰るつもりなのか私のあとをついてくる。
ついてこなくて大丈夫だよ。転ぶと危ないから・・・・
あっ、真坂さん!ちょっと待って。傷口の手当てをしないと・・・
介護士さんの機転で母はその場に留まり、私は別の看護師さんに引き戸を開けてもらい外に出た。
その日のうちに家に戻った私は、施設長宛に報告を入れた。
初見舞い@施設 その②へつづく