それ 認知症かも

認知力の衰えを頑なに否定する年老いた母。それを反面教師に自らのこれからを考える息子。

胸の内・・・②

 

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いやぁ覚えてないねぇ・・・そうなことしてたのかねぇ・・・まるでキチガイだね。

 

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覚えていないはずだよ。全てぽわーんと朦朧とした中で母さんが行っていたことだよ。昼間はきちんと起きて活動する、夜はしっかり眠る。人間という動物は夜活動するようにはできていないんだよ。NTTの請求書を見てびっくりしたよ、ありとあらゆるところへ夜中に電話をかけまくっていたんだよ。

それはそうだ、ちゃんと栄養もとらない、デイサービスに行って身体も動かさない、年齢に関係なく使わなければ身体も脳も衰える・・・。

骨折で運ばれてからも、父さんは、姉さんは、と既に亡くなっているのに繰り返す。夢で会えるのはいい事だと思うけど、現実との区別ができなくなる・・・

 

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姉さんは、どうしたんだっけ?

 

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もう亡くなったんだね。

母さん、俺に言ってたよ、兄弟の中で私が一番長生きだって。

 

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私が一番長生きか・・・そうだねぇ。

 

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でも、起きてしまったことは仕方がないよ。足が折れてしまったのは悩んでも仕方がない。元には戻らない。時間は巻き戻せない。悩んだところでなにも変わらない。

そして・・・その悩む、っていうのがこれまた脳活に悪い影響を及ぼすんだよね・・・。ストレスは健康の敵だよ、母さん。

もう全てお任せするしかない。看護師さん、先生の言うことをよく聞く・・・

 

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そうだね。わかりました。

 

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それと、今はどこもかしこも骨折した高齢者で一杯だからね。大抵はまず救急病院へ運ばれる。救急病院の役目は応急処置をすること。応急処置が終われば、もう出て行って下さいとなる。

 

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そうなの?

 

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だって、次から次へと骨折したお年寄りが運ばれてくるんだよ。ベッドがいつまでも空かなくては応急手当もできないでしょう。

 

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なるほど。

 

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そして、救急病院から移る先はリハビリ病院となる・・・ここK病院の母さんがいるところがリハビリ病棟だよ。

そしてリハビリ病棟でもいつまでも長らくお世話にというわけにはいかない。救急病院で応急手当てされた患者さんが次々に来るわけだから。

 

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それはそうだ。

 

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母さんは知らないと思うけど、実家のある町は救急病院の数に比べて肝心のリハビリ施設の割合がとても少ない地域なんだよ。

S病院から何処のリハビリ施設に行くか検討したときも、実家と同じ区域にある病院も希望したんだよ。でも断られた、もう一杯です、ってね。

 

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そうなの?

 

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そしてこのK病院に運良く転院できた。今考えれば、K病院でよかったと思っているけどね。

 

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母さんが若かりし頃とはずいぶん違う状況だと思うよ。今はあちらもこちらも高齢者で一杯・・・だからありとあらゆる施設が「老人~」と言う呼び名になっている。このK病院のとなりにも併設施設として介護老人保健施設というのがあるんだよ。同じリハビリ目的の施設だけど母さんが入ったこの病棟よりはもっとしっかりリハビリを行う施設だよ。

救急病院からリハビリ施設へ移り、リハビリをする。ある程度経過したら今度は療養するための場所へ移る。

まぁ、江戸時代で言えば、湯治かな・・・温泉地で心身の療養に努めたでしょう? 今の時代温泉でというわけにはいかない・・・このK病院のとなりにも療養するための場所があるんだよ。

 

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そうなの、ずいぶん大きな施設なんだねぇ、K病院は。

 

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そうだね。ここでは昼夜パジャマ生活・・・そこでは、昼間はきちんと私服、夜はパジャマに着替える。昼はきちんと起きてデイサービスに行きしっかり活動する、夜はきちんと寝る。そういう日々を積み重ねながら心身共に健康になるようじっくり時間をかけて努めるんだよ。

現代版、湯治だね。

 

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ヘェ~それは楽しみだねぇ。

 

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私はどうしたらいいのでしょうか・・・?

 

静かに目をつむり横たわっていた隣のSさんが、その姿勢のままで声を上げた。目を見開き天井を見たまま・・・。

 

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どうしたのですか?

 

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・・・認知、・・・のことで。

 

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(・・・)

 

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皆さん高齢になれば、そりゃ物忘れは増えますよ。珍しいことではないです。

ただ、それに悩みすぎるのはかえってよくないと思うんですよ。悩んでも変わらないし、悩むこと自体が健康によくない。

忘れたっていいじゃないですか。大抵のことは忘れても大した問題にはなりませんよ。命まで取られるわけじゃなし。

どうしても、ということがあればメモしておけば大丈夫。後でそれを見ればわかりますしね。

 

その時、母が真顔でベッドサイドにあるチェストの引き出しの方を見たのが視界に入った。引き出しの中にはあの赤い大判ノートがある・・・。

 

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メモ・・・ですか・・・。

 

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そういえば、あれは何処へ行ったのかねぇ。看護師さんが持って行ってしまったんだよ。

 

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何のこと?

 

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ペンだよ。

 

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いいじゃない、なくなっても。また買えばいいのさ。何処へ行ったのかな、と悩むのがこれまた脳活によくないんだよ。今度100本くらい買っておこうか? そうすりゃ99回なくなっても大丈夫だ!

 

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いいよ、そんなに沢山買わなくても。

 

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そう?まぁ、そのうちでてくると思うよ。

とにかく先生と看護師さんの駄目と言うことはしてはいけないよ。リハビリも今月一杯ぐらいで一通り終わるだろうから、その後のレールは皆さんと相談しながら俺が引くから、母さんはしっかりその後をついてきて欲しいね。

あれこれと悩んでも仕方がないし、とにかく足がこうなった以上は皆さんにお任せして無理をしないように心がけて下さい。

1時間に1本のバスの時間がそろそろだから今日は帰るけど、また1週間程したら来るからね。

 

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そうなの、今日はどうも有り難うございました。

 

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とても勉強になりますねぇ。本当にあなたのような息子さんがいてうらやましいです。

 

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いやいやいや、そんなに褒めてもなにも準備してませんよぉ!とにかく、明るく悩まずに・・・です。そんなわけで これからも母の話し相手になってもらえると助かります。よろしくお願いします。

 

f:id:masakahontoni:20190419161718j:plain病室の入り口で振り返り両手でバイバイを二人に送り、その場を後にした。

 

廊下を戻る途中にあの食堂兼談話室がある。この時間は談話室となるが数人しかいない。TVがあるがそれを見ているのはごく僅か。

と、見覚えある方が一人皆から離れて座っているのに気がついた。

あのツッコミ好きの・・・母が今の病室に落ち着く前、別の病室で隣り合わせだった、母の物忘れにことある度にツッコミを入れていた、あの人・・・。

一人ぽつんと座り話し相手もいない。寂しそうだ。

 

おもむろに近づき声をかけた。

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こんにちは。

 

私の顔を見、すぐに誰とわかったようだ。

座っている席まで近づき、膝を折り目線を同じ高さに合わせる・・・そんなことが最近あまり意識せず、何気にスッとできるようになった。不思議な事だ。こういう場所に身を置くと人は自然にそうなるのだろうか?

 

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母がお世話になりました。 あの時、車椅子用のクッションがあると教えて貰いとても助かりました。調べたら確かにそういうものがあるんですね。早速購入して渡したら母も喜んでいました。

 

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 そうなの・・・いやね、そういうのがあると、使っている人がいるのを知ってたのでね・・・それはよかった。

 

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はい、御陰様で。有り難うございました。それでは、今日は帰りますので・・・また。

 

突っ込まずにいられない、一見気丈なあの人も胸の内には寂しさ・虚しさといった思いがあるのだろうか。

 

私は知っている。

あの赤い大判ノートの片隅に母が鉛筆で書き込んでいた一言を。

”早く治って家に帰りたい”

それが母の胸の内なのだ。

 

でも私の胸の内は・・・そうではない。

 

「認知、のこと」と言ったSさん。Sさんは敢えて「認知-症」、とは口にせず、認知、で”切った”、あの時私はそう感じた。

f:id:masakahontoni:20190419171404j:plain意識的に、と言うよりもっと深い奥底の部分にある何かが そうさせたと・・・その”何か”が、Sさんのまさに「本当の胸の内」だと感じそう受け取った。

でもその受け取り方自体、実は私自身の胸の内の影響下にあるのかもしれない・・・ならば、そう感じ・そう受け取った、ではなく、そう感じ・そう受け取りたかった、可能性もある。

そしていつも思う・・・私には自分の心もわからないのだ、と。

あなたには女心がわからない、といったたぐいのことをドラマなどでよく聞く。いやいや、私には女心はおろか、人の心も、そして時に、自らの心もわからないことがある。自らが何を信じたのか、信じていなかったのか、私にはわからない。

  

そしてSさんと私の会話を横で聞きながら母が見せた動き・・・あれもまた母の「内」なるものが表に現れた、そうに違いないと思っている。