実家を目指し列車に揺られたどり着いたとある駅。そこからさほど離れていないその日の最終目的地点は実家でなくビジネスホテル。
そうしてみたいとの思いが膨らみ続けたこの1年余り。我慢するのも一つの孝行かという思いが消え失せたわけではないけれど、
水と油と例えた(例えたのは私)交わりどころのない 性格的に真逆の親子が、接近戦で毎度毎度“事”に臨み続けても、この期に及んでは 到底らちあかぬどころか 結果として互いのストレスだけが上昇するばかり。
それは一方で 母の病状にはマイナス側に作用するはず、という私なりの言い訳をつけ自分自身を納得させた上での行動だ。
まずはここに一泊、翌朝早々に母を訪ねよう。
不要のいざかい避ける為、一泊した事は伏せておこう。
そして今回は実家に泊まる事なく、(最終列車でも、夜行バスでも、理由付けはどうあれ)その日中に実家を後にしよう。
そう決めた。
それが子を思う精一杯の表現なのだろう。実家に泊まった翌早朝は、必ず4時には起きだし台所でガタガタし始める母。
ああ、またか、まいったな、と 私も二階から降り台所へ。
そこには痛むという膝をかばうことなく、疲れきった表情で、いや、もう、この母の陥った症状下では、狐につままれた様な表情で(と私には見えてしまう)、炊事に向かう母の姿があるのだ。
今日の朝食は弁当を買ってあるから、それを二人で食べましょう、だから用意はしないでね。そう就寝前に繰り返した、あの記憶はもはやその時の母にはない。そしてこの早朝という時間帯、母の認知力は“いつものレベル”にさえ上昇していない。
「そうだったかね。」
と言いながらなおも手を止めない母との“ちょっとした小競り合い”の繰り返しが、寝床に母が戻るまで続くことになる。
黙って好きにさせてそれ食べればいいでしょう?
そう思った時もある。でもそれは過去の話だ。何故かについて言い訳はしない。そう決めたのだ、母にはいつも通りに過ごしてもらおうと。
私が帰省するたびごとに、母の膝の具合が悪化する。そんなことないよ、と本人は言うが私の滞在した後2~3日あそこが痛いここが痛いとゴロゴロしているのを私は知っている。それは偶然ではない、そう思っている。
これまで何度となく同じことを繰り返すうち、これはもう行動に移してみようかという気持ちが抑えられないところまで膨らんだ。
先週の週”慣”御機嫌伺いで、来週日曜日は朝一番でそちらに行くかもしれないよ、神棚の掃除をしたいから。いつも朝何時ごろ起きてるの、等と投げかけそれとなく帰省を匂わせておいた(つもりだ)が、多分記憶に残ってはいないだろう。
ビジネスホテルでの一泊は、不謹慎ながら、これほど郷里で熟睡したことが近年あっただろうかという程よく寝た。こんなに違うのかと驚いた。
郷里の早朝は結構冷えるが、休養十分、足取りは軽い。今回は朝一で実家、そして泊まる事なく夕刻には家を出よう、外泊の事実は伏せておこう。
そう再確認しつつ曲がった角の向こうに実家が見えてくる。時丁度朝8時、「7時~8時頃にはいつも起きてるよ」と言っていたが、果たしてどうかな?とメガネ越しに焦点を合わせる。
居間の雨戸が開いている!
すごいじゃないか! 本当に起きているのか!
(どうせ出任せだろうと思っていた)
玄関に着きチャイムを鳴らす。家の中で響くピンポンの音、かすかに母の「はぁ~い」という声が交じり聞こえる。
声のトーンからわかる、機嫌は良さそうだ。
玄関が開く。
満面の笑みを浮かべた母の顔がひょこっと現れる。
「こんな時間に来たのぉ、ずいぶん早いねぇ!」
(おや?さほど驚かない?今日来ると記憶していたのか?)
「いやね、A子が昨日来たんだよ!」
(ははぁ~ん、それで機嫌がいいのか。)
「へぇ~そうなの、珍しいね、突然。よかったじゃない。
いや、今日は神棚の掃除に来たんだよ、お札も変えないといけないでしょ。」
「えぇ?そうなの?わざわざ?」
(ああ、やはり忘れてたのね)
そのまま手土産を渡し居間へ。居間には・・・
なんということでしょう!
コタツが部屋の真ん中に
「だめだよ、母さん。これだと必ずコタツの周りを動き回ることになって、転倒・骨折の可能性が高くなるよ。」
「いや、A子が居たから・・・。座れるように、と思って。」
「ダメダメ。また、年末年始、あそこのT病院ですごすようになるよ。やだよ、”あら、真坂さん、お久しぶり、またよろしくね” なんて看護師さん達に言われるのは。」
と、コタツを部屋角の隅にせっせと移動。
参照元: 転倒事故は「家の中」で起きている! 布団に足とられる、敷物の段差につまずく…室内に潜む数々の“わな”に要注意(2/3ページ) - 産経ニュース
最近の様子など”いつもの”会話を一通り済ませるなか、歯医者の話へ。
部分入れ歯が年の瀬切れ切れにできあがるという。
まぁ、目処がついただけよかった。となると、装着後の調整もあるだろうから、しばらく未だやわらか弁当か・・・そういえば、と台所へ行き、気になっていた冷凍庫を開ける。
まぁ、なんということでしょうか、
いつか見た光景がそこにはあった。
(あ~あ)
ここは嫌味な小姑風でいこうと決め込んだ私は、満杯となりあふれんばかりの冷凍庫チェックを始めた。
「母さん、コロッケのパックがほら!ひとぉ~つ、ふたぁ~つ、三つもあるよぉ。あぁ、これ唐揚げでしょう、あれ!やわらか弁当先週から全然減ってないねぇ。また冷凍庫満杯になって、なんでこうなるかなぁ。ほら、一度開けるともう閉まらなくなる、こんなに買わなくてもいいのにねぇ。」
そこへ のれんの隙間からすっと現れた顔・・・
妹だった
正直びっくりした。
「あれっ!どうしたの!久しぶり!」
- その2へつづく -